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千葉地方裁判所 昭和49年(わ)494号 判決

主文

被告人を懲役一〇年に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

押収してある出刃包丁一丁(昭和四九年押第一四九号の二)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四九年五月一二日正午頃、千葉県習志野市谷津町三丁目一九八番地所在の谷津遊園大劇場内北東側の便所手洗場前にA子(当時一〇年)を認め、同女を同便所の便室内に連れ込んで、強いて姦淫しようと企て、同女の片腕を掴み、刃渡り約一五・二センチメートルの出刃包丁を頸部付近に突き付けながら、右便室内に連れ込んで、自己の支配下におき、もって姦淫の目的で同女を略取し、引き続き、内側から施錠し、同女をして同日午後七時五七分頃までの間、前記便室から脱出することを不能ならしめ、約八時間にわたって同女の身体の自由を拘束して不法に監禁し、前同日正午すぎ頃、前記便室内において、同女が一三歳未満の少女であることを認識しながら、同女の腹部に前記包丁を突き付け、「うるせい、泣くな。」などと申し向けて脅迫し、強いて同女を姦淫しようとしたが、自己の陰茎を同女の陰部に挿入することができなかったため、その目的を遂げず、

第二、前記A子の安否を気遣う両親の憂慮につけ込み、みのしろ金を交付させようと企て、前同日午後零時四七分頃から午後四時三〇分頃までの間、再三にわたり、同女の安否を憂慮して前記便所の周囲に参集した谷津遊園の職員、警察官、一般公衆など多数の者に対し、前記便室内から、「一千万円持って来い、持って来なかったら女を殺して俺も死刑になる。」などと怒鳴ってみのしろ金を要求し、もって被略取者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じて財物を要求する行為をし、

第三、前同日午後零時二〇分すぎ頃から午後七時五七分頃までの間、前記便室内において、前記A子の頸部を前記包丁で多数回にわたり切り付け、よって同女に対し全治約二週間を要する頸部刺・切創の傷害を与え、

第四、業務その他正当な理由がないのに、前同日前記谷津遊園内において、刃体の長さが六センチメートルをこえる刃物である前記出刃包丁一丁を携帯し

たものであって、右犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあったものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(主位的訴因に対する判断)

検察官は、本件公訴事実第三につき、主位的訴因として監禁致傷罪を構成すると主張するが、同罪が成立するためには、被害者に与えた傷害が監禁の実行行為そのものないしは監禁の手段としての行為から生じたものであることを要すると解すべきところ、本件被害者の頸部刺・切創などの傷害が被告人の右様の行為によって発生したものと認むべき証拠はないので、予備的訴因たる監禁罪と傷害罪の各別個の犯罪と認定した次第である。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件各犯行当時心神喪失の状態にあったので無罪である旨主張するので、この点につき当裁判所の判断を示すこととする。

前掲各証拠を総合すれば、被告人の知能程度は正常者と精神薄弱者の境界域に相当するものであること、被告人は衝動性、興奮性、爆発性、軽躁性、気分易変性、偏執性、情性欠如性など著しい異常性格的特徴を有すること、その異常性格は本件犯行の計画と実行とに少なからず影響していると考えられること、右知能障害と異常性格は、母親が妊娠時にヒロポン中毒症に罹患していたことなどの影響により被告人に発生した脳障害(脳の形態学的・機能的障害に基づく精神障害)の直接的および間接的結果であることがそれぞれ認められ、また被告人は犯行前に種々の妄想、幻覚などを体験したが、その妄想は警察官が自己を追跡していることなど、むしろ犯行を抑制するを相当とするような内容のものであったにもかかわらず本件犯行に及んだのであるから、本件犯行時被告人が右妄想に支配されていたものとは認められず、右一連の事実と被告人の本件犯行時における言動等とに徴すれば、被告人の本件犯行時の精神状態は、行為の是非善悪を弁識し、かつその弁識に従って行為する能力が著しく減弱した状態にあったとは考えられるが、未だ右能力を完全に欠如していたものとは到底認め難い。

よって弁護人の前記主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち、猥褻目的略取の点は刑法二二五条に、監禁の点は同法二二〇条一項に、強姦未遂の点は同法一七九条一七七条に、判示第二の所為は同法二二五条の二、二項に、判示第三の所為は同法二〇四条罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第四の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三二条二号二二条にそれぞれ該当するところ、判示第一の猥褻目的略取と監禁との間、猥褻目的略取と強姦未遂との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段一〇条により結局一罪として最も重い強姦未遂罪の刑で処断することとし、判示第二の罪については所定刑中無期懲役刑を、判示第三および第四の各罪については所定刑中懲役刑を、それぞれ選択し、なお本件各犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあったから、同法三九条二項六八条二号三号により法律上の減軽をし、以上各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文一〇条により最も重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で併合加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入することとし、押収してある出刃包丁一丁は判示第一の犯行に供したもので犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号二項によりこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

被告人は、少年時代に多数の非行を重ね、昭和四九年四月五日久里浜少年院を本退院ではなく、仮退院させられたことに痛く不満を懐き、少年院の教官等に反省を促すため大事件をひき起そうという邪念から、本件犯行を計画、実行するに至ったもので、被告人の性格はまことに凶暴と言わざるを得ない。また本件犯行は、約八時間にわたり被害者を狭い便室内に閉じ込め、包丁を突き付けて脅迫し、被害者の身の上を憂慮する周囲の人達に身代金や猟銃などを執拗に要求したものであって、その態様は実に悪質極りなく、何の罪科もない清純無垢な少女の身心に及ぼした影響は測り知れないものがあり、社会一般が受けた恐怖感も絶大であって、模倣性の高いこの種犯行に対しては一般予防の見地からも厳罰をもって臨むべきところ、被告人が生来脳障害という欠陥を背負い、不遇な環境のもとに育ったという点を考慮しても、検察官求刑のとおり懲役一〇年に処するのを相当と思料する、

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍬田日出夫 裁判官 阿蘇成人 長岡哲次)

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